2026/06/14
Anthoropic 社の最新LLMモデル Fable 5 と Mythos 5 が米国政府の命令により一般提供を停止させられた。公開から三日後のことだった。
Statement on the US government directive to suspend access to Fable 5 and Mythos 5
2026年6月12日(EST米東部時間17時21分)(日本時間(JST)では6月13日午前6時21分)に、米国政府は、国家安全保障当局の指示に基づき、米国国内外を問わず、外国人(Anthropic社の外国人従業員を含む)によるFable 5およびMythos 5へのアクセスをすべて停止する輸出管理指令を発令
AIがサイバー攻撃のツールになることが米国政府の主たる理由としてあげている。Anthropic 社は当然悪用に関するガードレールを敷いているので、既存モデルや他者のフロンティアモデルでも変わらないと主張している。商業モデルを政府の手で禁止するのは過剰であると反論している。
ごもっともだとおもう。
「米国人以外の利用を停止せよ」という命令に対してAnthropic は、米国内外国人の識別ができないため「全ての人間の利用を停止する」という措置をした。
これは非常に狡猾で、明らかに米国政府の命令意図ではない。 こうした米国の自国の利益を独占するため技術を囲い込むやり方は、ITの歴史だけを見ても初めてではない。 人類が「計算力」を手に入れた時は、IBMが全世界に普及し、「個人PC」の普及についてはマイクロソフトが、「ネット検索」ではGoogleが世界を席巻した。 ただし今回は、オーバーテクノロジーとも言えるほど大きな力を持つ技術「知力」の拡張である。
ぼく自信、Fable 5 が提供開始された直後に少し使ってみた。そしてその賢さに驚いた経験をしたばかりである。 その時ぼくが書いていた小説が最終段階になったので、AIに誤字脱字チェックをさせていた。ひとつのLLMだけではチェック結果の抜け漏れがあることがわかっていたので、今まではOpusやGeminiにそれぞれチェックさせたりしていた。 ところがFable 5 は単体でかなりの数の誤字脱字を指摘してきた。さらに過去に見逃されたものも多数発見された。それだけでなく、とある固有名詞を指し、これは前段で失われているので、この箇所でこの固有名詞が出てくるのはおかしい、という指摘まであった。 これには驚いた。表面的な文章のチェックのみならず、物語全体のストーリーを把握した上で、その意味的な整合性までを検討したということだ。
Fable という単語は、寓話や伝説という意味を持つ。物語やストーリーを彷彿させる命名である。大規模言語モデルは単語間の頻出確率をコントロールした文章生成を行う。Fable 5 は一文章ではなく、文章間を読み解く、つまり文脈やストーリーを把握する、その力を強化したモデルといえるのではないだろうか。そう考えると、LLMが一段階賢くなった理由がわかる。 メタな思考ができるようになった、ということだ。 与えられたソースやプロンプト。Opusまでのモデルでは、そのプロンプトの世界の中で考える。メタ思考を強化したFableモデルでは、その世界を俯瞰し、その世界と外側の世界との関係を考える。これは人間も自然と行っていることだ。 この視座の高さが上がったことが、Fableを強くした観点なのだろう。 視座(高さ)が上がれば、処理するデータ量は上がった高さの二乗(面積)で増える。Fableの稼働にはさらなるコンピュータリソースが必要なはずだ。Anthropic がAWSのインフラを使っていることから、今回のAWSへ与える損害も計り知れない。
この米国政府の判断には、中国との関係が最も影響しているであろう。Fable 5 を中国に使わせたくはなかったと推測できる。さらに数ヶ月前、イラク戦争へのAI提供についてAnthropic 社だけが米国の軍事活動へのAI提供を認めなかった。こうした米国政府とAnthoropic社との間の軋轢がある中でのこの命令は、相当根が深い。
そして、一つの国という単位にAIが所属している社会構造そのものが、ひどく歪で脆弱なものであることを認識させられる。今後、米国および同盟国だけが使えるAI、中国・ロシア同盟国だけが使えるAI、EU加盟国だけの人が使えるAIと分断していくことが考えられる。
技術的には、地理的情報は人を判断できないので使えない。やるのであれば、各国政府が利用者の国籍を証明し、LLMへのAPIリクエストにデジタル署名を付ける認証基盤があれば不可能な話ではない。過去に拙作『回帰不能点の通過記録』でそんなような話を(直接的ではないが)書いた。
今回の件で、米国に依存したAI利用は地政学リスクが高い、という議論も起こるし、実際そういう意見も目にしている。しかしITの基盤は、マイクロソフトやAppleによるOS、CIscoやPaloaltによるインターネット通信機器と掌握されている。黎明期からずっと米国テック企業抜きにITシステムは成り立たない。アプリケーション基盤ですら、AWS、マイクロソフト、Google、Oracleのメガクラウドベンダーにアウトソースしており、そこにアップロードしたデータは米国政府が本気を出せば米国リージョン外のデータでも提示させることが出来る。(米国クラウド法)
ソブリンAIや米国非依存のAIプラットフォームの構築は、少なくとも日本では残念ながら非現実的と言わざるを得ない。IT基礎技術を育ててこれなかったツケである。
今回の米国政府の命令は、自国を守り強化する意図であったが、認証技術が追いついていない現在、結果的に欧米サイドの最新AIの停止という形になっており、皮肉なことに中国サイドのAIの相対的な強化という結果になっている。
今後、どのように社会が変化していくのか注目である。